▲大至急で
これからやることがあります。
脚本作成
絵コンテ
ロケハン
衣装・小道具準備
機材テスト
大丈夫か???
とりあえず自分しかわからない絵コンテを仕上げてしまおうと思います。

それでいいのか???
脚本作成
絵コンテ
ロケハン
衣装・小道具準備
機材テスト
大丈夫か???
とりあえず自分しかわからない絵コンテを仕上げてしまおうと思います。

それでいいのか???
▲突然ですが!
第2回目:「私とデケ(その2)」
というわけで第二回目です。
前回は「私とデケ」と銘打っておきながら、結局「私と深夜映画」と若干誤解をまねいてしまう方向へ
向かってしまいましたが、ここまでくれば後はもう簡単です。
「そこでデケと出会ったんでしょ?」
と。
そのとおりです。
しかしながらこの最初の出会いは無意味に桃太郎電鉄を99年までがんばっていた最終であり、期末試験の勉強をしながらのながらーでありだったのと、テレビをつけたら偶然やっていたといういくつもの残念な要素が入り混じっていました。試験勉強中というのはありとあらゆる欲望を自分なりに抑制しなければいけない時期でしたので、「皆楽しそーだなぁ」と余計に画面の中がまぶしく見えたことは記憶しています。でも途中から見始めたので名前もわからずじまいです。
今ではすっかりインタ―ネットのおかげで情報に困るなんてことはあんまりなくなってしまったわけですが、
15年くらい前は雑誌で文通相手を募集する危険な行為がまだまだ通用する時代だったので、「今やってたあの映画はなんていうんだろう。まぁ明日新聞見ればいいか」なんて余裕をかましていると、すっかり親が狙いすましたかのように全部チリ紙交換に出してしまっていたり、隣の家もそれに習っていたり、学校へ行っても皆眠れる森の犯人を予想していたり、体育用具室で麻雀をやって先生に怒られたりしていたので、「昨日の夜中やってた映画見た?」なんて聞いてももちろん誰もが「あ?」なのです。
こうなったら新聞社に電話して聞いてみよう!といきり立つような知恵も根性もないので、最初の出会いはそこでおしまいです。例えるなら名前も何も知らないけど一目ぼれ、なんてとこでしょうか。
と、また時が流れて3年くらいのこと。
ようやく吉田喜重を知り、世間はアッバスキアロスタミだのを持ち上げていたある年の暮れ。
いつも年末年始はやたらと放映権の安い映画を放送しているものでしたが、もうお年玉をもらえない年齢になってしまったことをじっくりとこたつの中で自覚していると、どこかで見たようなものがっ!
ここまでくれば後はもう簡単です。
「そこでデケ再会したんでしょ?」
と。
「そこでこの映画に引き込まれ、それ以来すっかり魅了されているのです」
なんて予定調和はどうでもいいことですが、思うに、この映画を当時の自分が面白く感じたのは以下のような原因が考えられます。
1.16ミリである
テレビドラマや大きな劇場で公開されるような映画が16ミリで撮影されることはまずないので、単純に珍しいのと独特のやららかい画質が何かしら響くものがあったのだと思います。
2.ロケ撮影の自然光が多い16ミリと相まって、四国のやわらかい陽の光に魅了されました。
ちなみに撮影もほぼオールロケなのでセットっぽくないリアルな感じも好きだったでしょうね。
3.カット割りが速い
リテークなしでカメラ3台同時撮影で収録した素材を最大限生かし、リズムのいいセリフと織り交ざって絶妙のテンポを形成していたと思います。朝ドラなんかではありえないスピードですね。
4.ほぼ方言
好きなものをあげたいと思います。どこで出た台詞か是非当ててみてください。
『どうしょうーに』
『ばぁちゃんまた冷たい飲んで!』
『これがええんや!』
『腹冷えるで。温かいの飲んどき!』
『いやや!』
『藤原竹良は嫌じゃぁ。名前変えてぇ』
『ええ名前じゃ。どこばりにないで』
『どこばりにあるのがええ』
といった条件が当てはまったのではないかと、求められてもいないのに分析しています。
特にこの映画を見てからというもの、『歩いて海まで行ける』『方言』というものにとても憧れを持つようになってしまった自分を否定することができません。
ただ、はじめの方に書きましたが、もしこれが21世紀のお話でしたら、最初の時点で『まずネットで調べてツタヤで借りる』という流れだったと思います。ところがこのごく当たり前のことができない、『会いたかった人をずっと想い続けて、そして偶然の再会を果たした』というところが、この映画に対する特別の思い入れを抱かせる原因になってくれたのだと思います。
苦あれば楽あり、みたいな?
もちろんこう思わせてくれるだけの個性を発揮して、この映画を撮ってくださった大林監督とスタッフ・キャストの皆さん、そして原作の芦原さんに素直に感謝です。
それではようやく次回からロケ地報告2011をお送りしたいと思います。
と、その前にちっくんのギターをご覧ください♪
前回は「私とデケ」と銘打っておきながら、結局「私と深夜映画」と若干誤解をまねいてしまう方向へ
向かってしまいましたが、ここまでくれば後はもう簡単です。
「そこでデケと出会ったんでしょ?」
と。
そのとおりです。
しかしながらこの最初の出会いは無意味に桃太郎電鉄を99年までがんばっていた最終であり、期末試験の勉強をしながらのながらーでありだったのと、テレビをつけたら偶然やっていたといういくつもの残念な要素が入り混じっていました。試験勉強中というのはありとあらゆる欲望を自分なりに抑制しなければいけない時期でしたので、「皆楽しそーだなぁ」と余計に画面の中がまぶしく見えたことは記憶しています。でも途中から見始めたので名前もわからずじまいです。
今ではすっかりインタ―ネットのおかげで情報に困るなんてことはあんまりなくなってしまったわけですが、
15年くらい前は雑誌で文通相手を募集する危険な行為がまだまだ通用する時代だったので、「今やってたあの映画はなんていうんだろう。まぁ明日新聞見ればいいか」なんて余裕をかましていると、すっかり親が狙いすましたかのように全部チリ紙交換に出してしまっていたり、隣の家もそれに習っていたり、学校へ行っても皆眠れる森の犯人を予想していたり、体育用具室で麻雀をやって先生に怒られたりしていたので、「昨日の夜中やってた映画見た?」なんて聞いてももちろん誰もが「あ?」なのです。
こうなったら新聞社に電話して聞いてみよう!といきり立つような知恵も根性もないので、最初の出会いはそこでおしまいです。例えるなら名前も何も知らないけど一目ぼれ、なんてとこでしょうか。
と、また時が流れて3年くらいのこと。
ようやく吉田喜重を知り、世間はアッバスキアロスタミだのを持ち上げていたある年の暮れ。
いつも年末年始はやたらと放映権の安い映画を放送しているものでしたが、もうお年玉をもらえない年齢になってしまったことをじっくりとこたつの中で自覚していると、どこかで見たようなものがっ!
ここまでくれば後はもう簡単です。
「そこでデケ再会したんでしょ?」
と。
「そこでこの映画に引き込まれ、それ以来すっかり魅了されているのです」
なんて予定調和はどうでもいいことですが、思うに、この映画を当時の自分が面白く感じたのは以下のような原因が考えられます。
1.16ミリである
テレビドラマや大きな劇場で公開されるような映画が16ミリで撮影されることはまずないので、単純に珍しいのと独特のやららかい画質が何かしら響くものがあったのだと思います。
2.ロケ撮影の自然光が多い16ミリと相まって、四国のやわらかい陽の光に魅了されました。
ちなみに撮影もほぼオールロケなのでセットっぽくないリアルな感じも好きだったでしょうね。
3.カット割りが速い
リテークなしでカメラ3台同時撮影で収録した素材を最大限生かし、リズムのいいセリフと織り交ざって絶妙のテンポを形成していたと思います。朝ドラなんかではありえないスピードですね。
4.ほぼ方言
好きなものをあげたいと思います。どこで出た台詞か是非当ててみてください。
『どうしょうーに』
『ばぁちゃんまた冷たい飲んで!』
『これがええんや!』
『腹冷えるで。温かいの飲んどき!』
『いやや!』
『藤原竹良は嫌じゃぁ。名前変えてぇ』
『ええ名前じゃ。どこばりにないで』
『どこばりにあるのがええ』
といった条件が当てはまったのではないかと、求められてもいないのに分析しています。
特にこの映画を見てからというもの、『歩いて海まで行ける』『方言』というものにとても憧れを持つようになってしまった自分を否定することができません。
ただ、はじめの方に書きましたが、もしこれが21世紀のお話でしたら、最初の時点で『まずネットで調べてツタヤで借りる』という流れだったと思います。ところがこのごく当たり前のことができない、『会いたかった人をずっと想い続けて、そして偶然の再会を果たした』というところが、この映画に対する特別の思い入れを抱かせる原因になってくれたのだと思います。
苦あれば楽あり、みたいな?
もちろんこう思わせてくれるだけの個性を発揮して、この映画を撮ってくださった大林監督とスタッフ・キャストの皆さん、そして原作の芦原さんに素直に感謝です。
それではようやく次回からロケ地報告2011をお送りしたいと思います。
と、その前にちっくんのギターをご覧ください♪
第1回目:「私とデケ(その1)」
落語には「マクラ」という前フリがありますが、今回このブログを書くにあたってのマクラがすごく長くなってしまうのですが、どうかご容赦ください。
まさにこれは
エレキトリックリベレーション、
電気的啓示。
この言葉ではじまる「青春デンデケデケデケ」という映画があります。
まだご覧になったことがないという方は、いろいろな意味で一度は観ておいて損はないかと思いますので、是非この機会にご堪能してはいかがでしょうか。
さて今回のお話は、
「青春デンデケデケデケのロケ地巡り報告:2011年9月の時点で」
という大枠の中で展開していきます。
もし似たようなことをお考えの方がいらっしゃればお役に立てれば幸いですし、もしこのブログを読んで興味を持っていただければ、実際ロケ地に足を運んでみてもよいかもしれません。しかしながら本当は2011年の9月に最新情報をお届けするつもりが、雑事に煩わされてすっかり年も変わってしまいましたので、ここに記載することが最新ではないことを予めご了承ください。
というわけで第1回目は・・・「私とデケ(その1)」です。
映画の内容についてはネタバレになってしまうかもしれませんのでふせておきますが、まぁありがちっちゃあありがちな物語です。しかしそのありがちな素材を独特の手法で調理する作家さんと監督さんの腕前に酔いしれてしまいます(原作は小説です)。
しかしこの映画、音楽を題材にした作品なんですが、BGMもすごくいい!と思ってたら、なんと音楽担当はあの久石譲さんだったんですね!納得です。
私は昔映画というものの存在を知りませんでした。
映画といえば金曜ロードショーとか日曜洋画劇場とかテレビ画面でやるものだと思ってたわけなんですね。
それに当時はレンタルビデオというものがだいぶ普及してきた時期でしたので、映画=ビデオという考えが生まれながらにすりこまれており、新作の封切りを身にいこうにも、近くにはヤ○ザが経営していて、半年前の映画を最新作とか言って上映していたホントにヤ○ザな映画館しかありませんでした。ので当然そんなところに足を運ぶわけもなく小津安二郎ともゴダールとも縁のない日々送っておりました。
そんな幼少時代をへて、やがてやってきた思春期に夜更かしという技術を覚えたころ、何故か毎週金曜日の深夜に映画をやっていることを知りました。知ったといっても偶然テレビをつけたらやっているのをただ見ていたというだけだったので、途中から内容もわからずに「見るともなく見る」という荒業をやってのけていたわけなのです。
この深夜映画のプログラムは、絶対に金曜ロードショーではやらないような『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』とか『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』とか『ポンヌフの恋人』といったものが組まれていました。
オチもないしやたら屈折していて暗かったりすぐ人が死んだり殺したりしているようなものばかりでしたが、何故か中には心惹かれるものがあらわれ、だんだんとこれらの深夜映画と向き合っていくういちに、私はいつしか魅了され、毎週金曜日の夜を待ち焦がれ、やがて深夜映画の世界に引き込まれていくことになりました。
まさにこれは
エレキトリックリベレーション、
電気的啓示。
この言葉ではじまる「青春デンデケデケデケ」という映画があります。
まだご覧になったことがないという方は、いろいろな意味で一度は観ておいて損はないかと思いますので、是非この機会にご堪能してはいかがでしょうか。
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さて今回のお話は、
「青春デンデケデケデケのロケ地巡り報告:2011年9月の時点で」
という大枠の中で展開していきます。
もし似たようなことをお考えの方がいらっしゃればお役に立てれば幸いですし、もしこのブログを読んで興味を持っていただければ、実際ロケ地に足を運んでみてもよいかもしれません。しかしながら本当は2011年の9月に最新情報をお届けするつもりが、雑事に煩わされてすっかり年も変わってしまいましたので、ここに記載することが最新ではないことを予めご了承ください。
というわけで第1回目は・・・「私とデケ(その1)」です。
映画の内容についてはネタバレになってしまうかもしれませんのでふせておきますが、まぁありがちっちゃあありがちな物語です。しかしそのありがちな素材を独特の手法で調理する作家さんと監督さんの腕前に酔いしれてしまいます(原作は小説です)。
しかしこの映画、音楽を題材にした作品なんですが、BGMもすごくいい!と思ってたら、なんと音楽担当はあの久石譲さんだったんですね!納得です。
私は昔映画というものの存在を知りませんでした。
映画といえば金曜ロードショーとか日曜洋画劇場とかテレビ画面でやるものだと思ってたわけなんですね。
それに当時はレンタルビデオというものがだいぶ普及してきた時期でしたので、映画=ビデオという考えが生まれながらにすりこまれており、新作の封切りを身にいこうにも、近くにはヤ○ザが経営していて、半年前の映画を最新作とか言って上映していたホントにヤ○ザな映画館しかありませんでした。ので当然そんなところに足を運ぶわけもなく小津安二郎ともゴダールとも縁のない日々送っておりました。
そんな幼少時代をへて、やがてやってきた思春期に夜更かしという技術を覚えたころ、何故か毎週金曜日の深夜に映画をやっていることを知りました。知ったといっても偶然テレビをつけたらやっているのをただ見ていたというだけだったので、途中から内容もわからずに「見るともなく見る」という荒業をやってのけていたわけなのです。
この深夜映画のプログラムは、絶対に金曜ロードショーではやらないような『ネオチンピラ 鉄砲玉ぴゅ~』とか『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』とか『ポンヌフの恋人』といったものが組まれていました。
オチもないしやたら屈折していて暗かったりすぐ人が死んだり殺したりしているようなものばかりでしたが、何故か中には心惹かれるものがあらわれ、だんだんとこれらの深夜映画と向き合っていくういちに、私はいつしか魅了され、毎週金曜日の夜を待ち焦がれ、やがて深夜映画の世界に引き込まれていくことになりました。
◎火事も凍らないし、石も豆腐にはならなかった
これは夏目漱石の小説「坊っちゃん」の舞台である愛媛県松山市の滞在記です。
映画製作とは直接関係ないようにみえますが、魂的な部分で何事か共有と共感をしているつもりですので、今後の作品に生かしていきたいと思います。
わりと最近のことなのですが、風邪気味だったり疲労がたまっていたりして、
記憶がさだかでないところもあるので^^;
名称等に間違いがあっても大きな心でご容赦くださいませ。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
◎最終回:火事も凍らないし、石も豆腐にはならなかった
疲れて宿まで戻る気がしなかったので映画館にいくことにした。最後に映画館へ行ったのは上野で北野武のOUTRAGEを見ていらいだ。やたら人を殺すと息巻いていたくせに最後はあっけない映画だった。
映画館の場所も内容もわからないのでとりあえず調べて見るとひどそうな映画しかやってない。
ひどそうというのはそれぞれの作品に観客の評価が書かれているが、五段階評価で皆2点台ばかりだからだ。セカンドバージンにいたっては1点台というていたらくだ。それにカウボーイ&エイリアンなんて名前からしてひどい。時計じかけのオレンジとか隠し砦の三悪人とかもっと気の利いた名前をつけるがいい。
どうせ四国で見るなら狸の話だが猿の話しかないのでおれは猿の惑星創世記を見ることにした。
始まるまであと1時間もあったのでおれは喫茶店に入った。
そこでなんと城の前で会ったあの婆さんにまた出くわしてしまった。まったく会いたくない奴に会う街だ。
さきほどはどうもと云うのでこっちもどうもと云った。云ったあとで何がどうもだと思った。
婆さんと二言三言かわしたあとで東京は良いところかと尋ねるのであたりまえだと答えてやった。
とは行っても昨今の東京は田舎者ばかりが狭い土地の中で利害を貪り合っている。それにその田舎者がそれぞれの狭い土地で長い時間をかけて発酵させた一方的な価値観を互いに押し付けあって首をひねっているから、どうにも窮屈で居心地が悪い。どうしてあいつらは自分と違う考え方が存在するということが理解できないのかまったく理解に苦しむ。おおかた田舎ではいつでも同じ人間たちが同じようなことばかりして疑問の余地も変化に気が付くこともないから自分の頭で考えるということができないんだろう。相手を理解して譲歩する大前提がないから当然軋轢が生まれる。深くなった溝にはまって田舎に逃げ帰って東京は恐ろしいところだと吹聴して歩くのはいよいよ狂気の沙汰だ。
それに豊かな暮らしがしたけりゃ東京でなくたっていいじゃないか。何も国会議事堂で洗濯をしたりスカイツリーで寝起きしたいわけでもなかろう。それにそんなに東京の空気は悪いだの空が狭いだの水が不味いのだのというんなら自慢話の多い素晴らしい田舎で暮らせばいいようなもんだ。誰も東京に住んでくれと頼んじゃいない。
おれのように元から東京に家があるものにとっては東京はただの地名である。しかし田舎者にとっては己の欲望を満たすための戦場であるから、豊かになるためなら何をしてもかまわないんだと好き勝手にあちこちで戦争を始める。ただ毎日を平穏に暮らしていたいと思う人間にとっては迷惑千万な話だ。
そんなことがふと頭に浮かぶと、横で婆さんがまた妙なものを取り出してきた。
印材を十ばかり並べておいて、みんなで三万円なら安い物だお買いなさいと云う。田舎巡りのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなものは入らないと云ったら、今度は華山とか何とか云う男の花鳥の掛物をだして来た。いい出来じゃありませんかと云うから、そうかなと好加減に挨拶をすると、華山には二人ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅はその何とか華山の方だと、くだらない講釈をしたあとで、どうです、あなたなら十五万円にしておきます。お買いなさいと催促をする。金がないと断わると、金なんかいつでもようございますとなかなか頑固だ。金があつても買わないんだと云うと、その次には鬼瓦ぐらいな大硯を担ぎ込んだ。これは端渓です、端渓ですと二遍も三遍も端渓がるから、面白半分に端渓た何だいと聞いたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、今時のものはみんな上層ですが、これはたしかに中層です、この眼をご覧なさい。眼が三つあるのは珍らしい。溌墨の具合も至極よろしい、試してご覧なさいと、おれの前へ大きな硯を突きつける。いくらだと聞くと、持主が支那から持って帰って来て是非売りたいと云いますから、お安くして三十万円にしておきましょうと云う。こいつは馬鹿に相違ない。馬鹿を相手にしていては疲れるばかりだからおれは考えておくと言って店を出た。
映画館はおれの他に客は誰もいなかった。思っていたよりも小さな部屋でこれくらいなら家でプロジェクターで見るのと変わらない。始まるまえにポテトとコーラを食ったが、ポテトは味がなく、コーラはぬるかった。
映画が始めると白い部分がとんでチカチカしているように見える。おれは目が疲れてきたので途中で眠ってしまった。眠ってしまっても話がわかる映画だった。
眠ってしまってからまた清の夢を見た。
また清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。今度はおれは何も云わずに清のことを眺めている。すると清の顔はみるみる苦しみをおびてくる。やはり笹は毒だったんだ。おれが清の背中を叩いて、なんとか笹を吐き出そうとすると坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。
おれは小供の時から、よく夢を見る癖があって、夢中に跳ね起きて、わからぬ寝言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢で尋ねたくらいだ。その時は三日ばかりうち中の笑い草になって大いに弱った。しかし清の夢は夢とはいえ、なんとも不吉で気持ちが悪い。眠りの中でおれがおおいに狼狽しているとエンドロールが終わるころに携帯が鳴った。しまった。
おれは横断歩道に車を止めたり、電車で地べたに座ったり、飲めない酒を無理矢理飲まそうとしたり、夜中の3時に長渕剛を大音量で流すような香具師の、モモンガ?の、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬以下のような下等なやつらとは違う。人に迷惑をかけることは何より忌諱する男だ。映画館の中で携帯電話の電源を切り忘れるなんて全くの愚だ。急いで外に出て画面をみると通知表示は公衆電話となっている。おれは知らない番号からの電話にはまず出ることはないのだが、この時ばかりは虫が知らせたのか躊躇なく通話ボタンを押した。だから清の甥から清が一昨日から熱を出して、今日にいたっては容態がおもわしくなく、ことによるとことによるかもしれないと知らせを受けても案外と冷静でいられた。こうなればすることはひとつである。
おれは自転車に飛び乗って駅を目指した。そして駐輪場の爺さんにやはり嫁は東京で探さなくっちゃあダメだと云って自転車を返して、お嫁をもらったら今度は二人でくるから、また良い自転車を二台用意しておいてくれと頼んだ。待っとるぞなもしと遠ざかるおれの背中に向かって爺さんが云うのが聞こえた。
それから荷物をとりに宿に戻った。山嵐がどうだったと聞くのでどうということもなかったとエレベーターを待つ間に答えておいた。そして急用ができたので今から東京に帰る。宿代は返してもらわなくてもいいからさっさと愚陀仏庵を再建してくれと頼んでおいた。山嵐はまたアハハハと云った。おれもまた何がアハハハだと腹が立ったが、あと2分で東京行きの高速バスが発車だったので、構わずに荷物をかき集めて文字通りバスに飛び乗った。
その夜おれはこの地を離れた。
おれは東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五万円で、家賃は十万円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月に肺炎に罹って死んでしまった。だから清の墓は小日向の養源寺にある。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今回で終了となります。ご愛読ありがとうございました。
映画製作とは直接関係ないようにみえますが、魂的な部分で何事か共有と共感をしているつもりですので、今後の作品に生かしていきたいと思います。
わりと最近のことなのですが、風邪気味だったり疲労がたまっていたりして、
記憶がさだかでないところもあるので^^;
名称等に間違いがあっても大きな心でご容赦くださいませ。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
◎最終回:火事も凍らないし、石も豆腐にはならなかった
疲れて宿まで戻る気がしなかったので映画館にいくことにした。最後に映画館へ行ったのは上野で北野武のOUTRAGEを見ていらいだ。やたら人を殺すと息巻いていたくせに最後はあっけない映画だった。
映画館の場所も内容もわからないのでとりあえず調べて見るとひどそうな映画しかやってない。
ひどそうというのはそれぞれの作品に観客の評価が書かれているが、五段階評価で皆2点台ばかりだからだ。セカンドバージンにいたっては1点台というていたらくだ。それにカウボーイ&エイリアンなんて名前からしてひどい。時計じかけのオレンジとか隠し砦の三悪人とかもっと気の利いた名前をつけるがいい。
どうせ四国で見るなら狸の話だが猿の話しかないのでおれは猿の惑星創世記を見ることにした。
始まるまであと1時間もあったのでおれは喫茶店に入った。
そこでなんと城の前で会ったあの婆さんにまた出くわしてしまった。まったく会いたくない奴に会う街だ。
さきほどはどうもと云うのでこっちもどうもと云った。云ったあとで何がどうもだと思った。
婆さんと二言三言かわしたあとで東京は良いところかと尋ねるのであたりまえだと答えてやった。
とは行っても昨今の東京は田舎者ばかりが狭い土地の中で利害を貪り合っている。それにその田舎者がそれぞれの狭い土地で長い時間をかけて発酵させた一方的な価値観を互いに押し付けあって首をひねっているから、どうにも窮屈で居心地が悪い。どうしてあいつらは自分と違う考え方が存在するということが理解できないのかまったく理解に苦しむ。おおかた田舎ではいつでも同じ人間たちが同じようなことばかりして疑問の余地も変化に気が付くこともないから自分の頭で考えるということができないんだろう。相手を理解して譲歩する大前提がないから当然軋轢が生まれる。深くなった溝にはまって田舎に逃げ帰って東京は恐ろしいところだと吹聴して歩くのはいよいよ狂気の沙汰だ。
それに豊かな暮らしがしたけりゃ東京でなくたっていいじゃないか。何も国会議事堂で洗濯をしたりスカイツリーで寝起きしたいわけでもなかろう。それにそんなに東京の空気は悪いだの空が狭いだの水が不味いのだのというんなら自慢話の多い素晴らしい田舎で暮らせばいいようなもんだ。誰も東京に住んでくれと頼んじゃいない。
おれのように元から東京に家があるものにとっては東京はただの地名である。しかし田舎者にとっては己の欲望を満たすための戦場であるから、豊かになるためなら何をしてもかまわないんだと好き勝手にあちこちで戦争を始める。ただ毎日を平穏に暮らしていたいと思う人間にとっては迷惑千万な話だ。
そんなことがふと頭に浮かぶと、横で婆さんがまた妙なものを取り出してきた。
印材を十ばかり並べておいて、みんなで三万円なら安い物だお買いなさいと云う。田舎巡りのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなものは入らないと云ったら、今度は華山とか何とか云う男の花鳥の掛物をだして来た。いい出来じゃありませんかと云うから、そうかなと好加減に挨拶をすると、華山には二人ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅はその何とか華山の方だと、くだらない講釈をしたあとで、どうです、あなたなら十五万円にしておきます。お買いなさいと催促をする。金がないと断わると、金なんかいつでもようございますとなかなか頑固だ。金があつても買わないんだと云うと、その次には鬼瓦ぐらいな大硯を担ぎ込んだ。これは端渓です、端渓ですと二遍も三遍も端渓がるから、面白半分に端渓た何だいと聞いたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、今時のものはみんな上層ですが、これはたしかに中層です、この眼をご覧なさい。眼が三つあるのは珍らしい。溌墨の具合も至極よろしい、試してご覧なさいと、おれの前へ大きな硯を突きつける。いくらだと聞くと、持主が支那から持って帰って来て是非売りたいと云いますから、お安くして三十万円にしておきましょうと云う。こいつは馬鹿に相違ない。馬鹿を相手にしていては疲れるばかりだからおれは考えておくと言って店を出た。
映画館はおれの他に客は誰もいなかった。思っていたよりも小さな部屋でこれくらいなら家でプロジェクターで見るのと変わらない。始まるまえにポテトとコーラを食ったが、ポテトは味がなく、コーラはぬるかった。
映画が始めると白い部分がとんでチカチカしているように見える。おれは目が疲れてきたので途中で眠ってしまった。眠ってしまっても話がわかる映画だった。
眠ってしまってからまた清の夢を見た。
また清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食っている。今度はおれは何も云わずに清のことを眺めている。すると清の顔はみるみる苦しみをおびてくる。やはり笹は毒だったんだ。おれが清の背中を叩いて、なんとか笹を吐き出そうとすると坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお寺へ埋めて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。
おれは小供の時から、よく夢を見る癖があって、夢中に跳ね起きて、わからぬ寝言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢で尋ねたくらいだ。その時は三日ばかりうち中の笑い草になって大いに弱った。しかし清の夢は夢とはいえ、なんとも不吉で気持ちが悪い。眠りの中でおれがおおいに狼狽しているとエンドロールが終わるころに携帯が鳴った。しまった。
おれは横断歩道に車を止めたり、電車で地べたに座ったり、飲めない酒を無理矢理飲まそうとしたり、夜中の3時に長渕剛を大音量で流すような香具師の、モモンガ?の、岡っ引きの、わんわん鳴けば犬以下のような下等なやつらとは違う。人に迷惑をかけることは何より忌諱する男だ。映画館の中で携帯電話の電源を切り忘れるなんて全くの愚だ。急いで外に出て画面をみると通知表示は公衆電話となっている。おれは知らない番号からの電話にはまず出ることはないのだが、この時ばかりは虫が知らせたのか躊躇なく通話ボタンを押した。だから清の甥から清が一昨日から熱を出して、今日にいたっては容態がおもわしくなく、ことによるとことによるかもしれないと知らせを受けても案外と冷静でいられた。こうなればすることはひとつである。
おれは自転車に飛び乗って駅を目指した。そして駐輪場の爺さんにやはり嫁は東京で探さなくっちゃあダメだと云って自転車を返して、お嫁をもらったら今度は二人でくるから、また良い自転車を二台用意しておいてくれと頼んだ。待っとるぞなもしと遠ざかるおれの背中に向かって爺さんが云うのが聞こえた。
それから荷物をとりに宿に戻った。山嵐がどうだったと聞くのでどうということもなかったとエレベーターを待つ間に答えておいた。そして急用ができたので今から東京に帰る。宿代は返してもらわなくてもいいからさっさと愚陀仏庵を再建してくれと頼んでおいた。山嵐はまたアハハハと云った。おれもまた何がアハハハだと腹が立ったが、あと2分で東京行きの高速バスが発車だったので、構わずに荷物をかき集めて文字通りバスに飛び乗った。
その夜おれはこの地を離れた。
おれは東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄を提げたまま、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれもあまり嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
その後ある人の周旋で街鉄の技手になった。月給は二十五万円で、家賃は十万円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月に肺炎に罹って死んでしまった。だから清の墓は小日向の養源寺にある。
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今回で終了となります。ご愛読ありがとうございました。
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| at 2012-01-21 22:38 |
| ▲突然ですが! |
| at 2012-01-19 21:11 |
| 第2回目:「私とデケ(その2)」 |
| at 2012-01-15 17:24 |
| 第1回目:「私とデケ(その1)」 |
| at 2012-01-08 13:36 |
| ◎火事も凍らないし、石も豆腐.. |
| at 2011-12-04 14:10 |

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